2004年9月15日号(第二十六号)

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          ギタリスト萩谷清メールマガジン
            2004年9月15日号
              (No.26)
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目次/CONTENT……………………………………………………………………
◆[01]◆【ギター亀仙人:いかがなものか?】萩谷清よりのメッセージ
◆[02]◆【清柳会会長よりの御挨拶】
◆[03]◆【萩谷清特別寄稿『音霊私観』】
◆[04]◆【RYO&NANAの『お仕置きはやめてっ!』】
◆[05]◆【読者からの手紙】
◆[06]◆LIVE INFORMATION!

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【ギター亀仙人:いかがなものか?】萩谷清よりのメッセージ


-可愛そふな私・・・・編-

■今日は歯のクリーニングと髪を切りに行って北酒場。
歯がとてもピカピカツルツルになって気持ちがよゐ。

毎回のことだが、歯科衛生士(可愛い女の人)さんに云はれる。
「ハギヤさ〜ん、どこかお悪いとこはありませんか?」
私は必ず云う「ぼくちゃん、頭が悪いの」
衛生士「・・・・・・・・」
無視される。
お医者さんごっこでもしてくれたら、もっと患者が増えて流行るだらうに。
次に美容院でのことだ、最初にシャンプーをしてもらふ。
女の子がいつも云う。「ハギヤさ〜ん、どこか痒いとこはありませんか?」
「あのふ、背中が痒ひのだが」
女の子「・・・・・・」
いつも無視される。可愛そふな私・・・・。


-納得編-

■野口みずきちゃんはエライっ。
レースの途中でこれならもう大丈夫だと思い、もう歯でも磨いて寝ようと
歯磨きを始めたのだが二番目を走る選手が段々と野口選手に迫ってくるので、
私は一時間以上歯を磨いてしまった。
翌日愚妻から「あなた、テレビを見ながら歯を磨いても結構ですが、そこら
中に歯磨き粉を垂らすのはやめてください」

日本選手達の戦いには感動した。
『かけっこ』とか『投げっこ』というやうな”シンプル”そして”プリミ
ティブ”さが良ひ。
パン食ひ競走はなひの?

レスリングで金メダルを取った、吉田選手がタイムオーバーの時にあまりの
嬉しさからか相手のお尻を両手でパンパーンと叩ひてゐたのが印象的であった。

(▲よかったですね。)


-内緒話だが。編-
■>今では使わなくなった物をなんでもとってある。(との投稿に対して)

私も捨てられずあらゆる物をとってある。
ピックは減ると箱に入れておくのだが凄い量になっておる。
これは内緒だが、妻も捨てずに大切にとってある。



-芸術性編-

■夫婦共にものもちが良ひのが良ひ。
古ひものには新しひものには代え難ひ、良さとゐうものがあるではなひか。

だが、ギターの弦は3年はもつまひ。音に変化が生じたら取り替えやう。
(倍音がなくなったら)
錆びるとチューニングが悪く成増は東武東上線である。
私はフォークギター以外は弦を緩めなひ。フォークギターは頻繁には使用
しなひので使った後、軽く緩めます。
エレキギターは基本的には緩めなくても良いひやうに作ってあるのだが、
この過酷な気候の日本におひてネックは常に良ひ状態ではいられなひであらう。
私のやうに毎日、楽器に触れるのなら緩めなくても良ひが、そうではない場合
は緩めた方が良ひのではなひか。
私のギターは季節の変わり目には、必ずネックが暴れておる。
(必ず年に数回チェックしてもらっておる。)

さういへば先ほど日本テレビの『今日の出来事』といふニュース番組を
みていたら、私の曲がBGMとして使われておった。
曲は『SO NATURAL』と『Kids' Play』だ。
隣で見ていた娘が「おとうさんの曲だ」と云われて判った。
自分の曲をテレビやファミレスなどでで聴く事もあるが、たった3小節しか流れ
なひとゐうことは初めてだ。
意外なとこで聴けるのはうれしひのだが、情けなひ事だ。
私は決心した。これからはもっと芸術性の高ひ曲を作ろふ。


-●●●●は何処ぞ?編-
■宿題?愚息はまだのやうだ。

ヤイリのギター?『ヤイリの渡し』って曲があったやうな。

昨日、愚息と二人で一泊旅行に行ってきた。
愚息も最近は部活や塾などで忙しく、なかなか時間がとれぬのだが。
観音崎京急ホテルという所に行った。
ここには以前まで録音スタジオがあり、私も仕事で何回か行っている。
スタジオの中からプールがよく見え、録音がとても楽しく和気あひあひ出来る
環境だ。
私はこのスタジオには『夏』に録音に行くのはとても楽しみであった。
だが悲しい事に何年か前にスタジオはやめて結婚式用のチャペルになって
しまった。
昨日は台風の影響なのか、プールで泳いでおるのは我が愚息と小さな子供
どもだけだ。●●●●は何処ぞ?
いったいなんのために私はこんなとこまできたのだ。プールサイドで一人
寂しく生ビールをあおをった。
むなしひ思いで悲しみにクレタポルテ。
このことは愚息も同じ思いのやうだ。
愚息は「男同士で来るところじゃないひね」と云っておった。

東京湾にある第一海堡に上がってみたひ。第二も第三も。

(▲二人は仲良しなり!。)

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【清柳会会長よりの御挨拶】

創立からまもなく100周年を迎えんとするわが「大日本清柳会」は、不肖私こと
五代目怪鳥、失礼、会長青江又八郎は中興の粗、失礼、祖としていささかの貢献を
なしえたのではないかとの自負もあり、今後のいやさかの隆盛を祈念して、率爾な
がらここに大いなる祝辞を申し述べることとしたい。
やや長くなるが、これもひとえに大日本清柳会への愛の発露として寛恕を願う次第
である。

・・・・とも思ったのだが、よく考えると、私ごとき者がなしえたのは、単なる
財政援助のみであり(しかも、それは、私の1000億円を超えるといわれる膨大
な個人資産の1割程度に過ぎず、私にすれば蚊にさされたほどにも達しない金額で
ある)、
それを超えて、もしかしたら聞く側からすれば自慢たらしいと受け止めるかもしれ
ない戯言を述べることは、私の矜持がこれを許さない。私はそう考えた。

 人は私のこうした態度を評して「奥ゆかしい、思慮深い、潔い、男らしい、
お金に綺麗、精神的貴族、ダンディズム、英雄、かくありたい男の生きざま」など
と面はゆい言葉を並べてくれる。私自身は、そう思っておらず、人間として当然の
ことと思っているに過ぎないのだが。

 それゆえ、私は、世上よくある祝辞を割愛しよう。

考えてみれば、この大日本清柳会は、特定の音楽家又は楽団の支持者グループと
しては、既に世界のビッグ・スリーに指折られる存在である。一つは、ウイーン所
在のクラシック系某管弦楽団(特に名を秘す)を支えるヨーロッパ貴族末裔たち、
アメリカ在住のユダヤ系某天才ピアニスト(特に名を秘す)を支えるユダヤ系アメ
リカ財閥たち、そして、最後にわが大日本清柳会(財政的パトロンは、もっぱら私)
である。

上記した2者の支持者たちは、単に音楽愛好者であるに過ぎない。しかし、私は違う。
私自身が音楽家であり、(私自身はそう思っていないことを再度強調させて貰うが)
偉大なプレーヤーと評されている立場でもある。

「だからなんなんだ!」と言われても困るのだが、ともかく私は偉大と言われている
プレーヤーなのだ。過日の仙台におけるジャズ・フェスティバルにおける絶賛の嵐は、
その場に居合わせた人をして絶句せしめるほどであり、「後ろの方の立ち見の人たちは、
最後はスタンディング・オベーションでした!」という訳の判らないレポートを寄せ
る始末であった。

話は変わるが、近刊「憂鬱と官能を教えた学校」は、わが大日本清柳会構成員の必読
書としたい。
題名からするとメンバーの中には変な想像をする者がいるかも知れないが、サブ・タ
イトルは、「バークリー・ メソッドによって俯瞰される20世紀商業音楽史」である。

これでピンと来る人は見当がつくのだが、バークリーはボストンの「バークリー音楽
院」のことで、清氏も「俺も行った、行った。」と連呼している学校である。バーク
リー・メソッド」は、そこで教える「主に和声進行と旋律の関係についてを体系化し
たきわめて記号的な音楽教育の方法」である。

はし書きでは、「『バークリー・メソッドによって20世紀音楽を俯瞰する』という
テーゼが本末転倒的であることは言うまでもない。実際は1722年の『平均率クラ
ビーア曲集(第一巻)』(バッハ)の出版から、20世紀いっぱいまでの間に重畳
された音楽理論の、20世紀後半における大衆汎用型がバークリー・メソッドなわけ
だから。」と断り書きがある。

このバークリー・メソッドを日本に持ち帰ったのはかの渡辺貞夫氏であり、清氏はそ
の流れの中で教え子の系譜に連なる。SPBでの盟友ボブ・ザング氏に至っては、バークリーで教官をしていたとのことである。

しかし、この方法だけが万能でないことは、わが大日本清柳会の構成員であるならば
既に予感していたことであろう。

当の清氏も、「今、イオニアン・スケールの4度を♯4度にしたスケールを考えている。」
などと口走っていたこともある。この♯4度のスケールを、リディアン・スケールと
言うが、これは、バークリー・メソッドとは異なる別のアドリブ方法論(リディアン
・クロマチック・コンセプト)につながる。

バークリー・メソッドとその限界を全員が学習して、適宜な時期に理解度のテストを
行い、不合格者は会費を高くする会員システムを構想中であることを謹んでお知らせ
して、5代目怪鳥、失礼、会長からの挨拶に代えることをお許し願いたい。




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【萩谷清特別寄稿『音霊私観』】

ウエス・モンゴメリーという偉大なジャズギタリストがいる。いや、いたのだ。
彼は
「1925年3月6日インディアナ州インディアナポリスに生まれ。独自の
オクターブ奏法とフィンガリング(親指奏法)によるサウンドで従来のジャズ・
ギターのイメージを変えた。そしてその豪快なスイング感と太くて温かいサウン
ドは後世のギタリスト達に多大な影響を残した。
(1968年6月15日心臓病のため生地で死去。)」
と紹介されている。ちなみに私の誕生日は3月5日である。だからなんだとは言わ
ないで欲しい。

ウエスが録音したリーダーアルバムは、1959年リバーサイド・レコードから1968
年A&Mレーベルまでである。
多くの人を魅了したいわゆるウエスサウンドとして印象的なアルバムは1965年
バーブへ移籍してから演奏されたものである。それまで培ってきたストレートな
ジャズではなく、それらは、当時のポピュラーソングを取り上げ、ストリングス
やホーンといった楽器を加えて、大衆に受け入れられるように作られた音楽であ
った。その試みは商業的には大成功をおさめた。

しかしウエスを良さを知る一部のジャズ評論家は、彼のそこでの演奏にたいして
辛辣な批評をした。
「ウエスはスイングしなくなった」と。
確かに1965年以降のアルバムの中のウエスの演奏は、華麗なオーケストラ従えて、
オクターブ奏法でメロディを弾き、オクターブ奏法でアドリブを弾くといった
オクターブ奏法の『大安売り』の構成で終始している。
初期の頃にあるスイング感溢れるシングルトーンによるソロはそこでは影をひそ
めている。

商業的大成功の中でウエスも悩んでいたという。
アルバムの大ヒットのおかげでウエスのファンは増えたが、ライブハウスやコン
サートで演奏する時、多くの客はアルバムの中の曲をオクターブ奏法でアルバム
と同じように演奏することを欲し、長年弾いてきたシングルトーンの演奏をはじ
めると、客が帰ってしまうという皮肉を経験したのだ。

アーティストとしてのウエスはさらなる進歩を求め、自分の音楽を追究したかっ
たであろうが、聴衆はヒットしたアルバムのウエスだけを求めている(全ての人
がそうではないが)・・・と気づいたウエスは心の中で葛藤したことだろう。

 彼には養わなければならない大勢の家族がいた。
彼は妻と7人の子供のためにひたすらオクターブ奏法を披露していたのかもしれ
ない。
ウエスを伝説のジャズギタリストにせしめたアルバムは、ウエスにとって、ある
意味では不本意の中で演奏されたオクターブ奏法のアルバムであったかもしれない。
しかし私にとってはジャズギタリストに憧れ、ジャズという音楽に導いてくれた
かけがいのないアルバムとなったのだ。

生でウエスの演奏を聴いてみたかった。そして彼をつかまえて彼の指を見せても
らいたかった。
彼は譜面の読み書きは出来なかったらしいが、モード曲において13thをふんだん
に使っているが、これは直感で弾いていたのだろうか。
ちょっとしたリハーモナイズは本能のなせる業か。

ところで、傲慢なこと言わせてもらえば、聴衆は演奏者が奏でる音楽をBGMとして
ではなく、その演奏者が放つ『音霊』を深いところでとらえて聴くということが大
切だ。
それが素晴らしい音楽であるならば、人は聴く度に何かを感じ、新しい世界に導か
れるだろう。

芸術は長く人生は短し


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【RYO&NANAの『お仕置きはやめてっ!』】

N 「残暑厳しき折、皆様いかがお過ごしでしょうか?
   こんにちは松原ナナです。」

R 「お、今回はやけに丁寧な出だしだね。」

N 「うん、たまにはね。いっつもぶっちゃけてるから
   こういうところも出しておかないと・・・・
   古き良き時代の日本みたいな韓流ドラマ見たら影響されちゃった。」

R 「やっぱり・・・で、ヨン様のファンなの?」

N 「そうよ!もうヨンって名前が付けばカネヨンだってクレヨンだって、 
   ケロヨンだって大好き!」

R 「そういや清さんもキヨン様と呼んでと言ってるな。」

N 「キヨン様の秋のライブも楽しみね。SPBも初めて新橋サムデイで
   やるし、場所が変わるとまた雰囲気が変わっていいわねえ♪」

R 「そう、秋はしっとりギターの調べに身を任せ、なんて音楽の秋だねえ。
   いやしかし、俺の場合は食欲の秋かな。さあ、今日のお昼はパンニハムハサム
  ダにしようっかなー」

N 「な、なにそれ?!」

R 「・・・・・サンドイッチ。」

N 「また訳わからんことをっ!バシッ!!」

R 「ひさびさに出た・・・・イテエ・・・・・頬がホテリアー、泣きのそなたはど
  なた、アンニョン・・・・」



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【読者からの手紙】

「もっし もっしベンチでささやく おっ二人さん、はぁ〜やくお帰り 日が暮れる
・・・」 
この歌詞で、「おっ、あれか」と思ったあなたは、相当・年代・人。
この私でさえこの歌がライブで流行った時期は知らないのだ。でも小学生の頃よく
耳にしてたんじゃなかったかしら。
先日 あるコンサートで これを聴いて、タイトルが「犬のおまわりさん」じゃな
かった、、「若いおまわりさん」だってことを知りました。

このコンサートになんと ご本人の曽根史郎さんが 颯爽(?)と登場されたので
した。
しかもパープルカラーのジャケット姿で。もう80歳は優に超してるんじゃないで
しょうか。
いい声、まだまだ現役で活動されてるんですねえ。年下の他の出演者より むしろ
艶のある声でね。背中もまっすぐ。なんかうれしくなってしまいました。
陰には、日々是精進があるんでしょうねえ 勿論そんな素振りも露ほども見せなか
ったけど。
それにしても のどかな歌詞とメロディでした。お豆腐屋さんのチャルメラが聞こ
えてきそうな。
あ、我が家の方は今もチャルメラが来てるけど、、。

舞台は日比谷公園か数寄屋橋公園のベンチか、、。新橋のガード下のベンチじゃない
ことは請け合い。
当時は日が暮れると帰らなきゃならなかったの?、、おまわりさんもお二人さんも
ね。
時間もゆっくり流れていたし、いわゆる流行歌(!)の寿命も長かったんですよね。
誰の持ち歌か知らないような小学生でも歌ってたんだから。まさに歌は世につれ
世は人につれ、、
おっととと演歌の世界にいきそう、、、すいません、唐突に ズラズラ書き綴って
しまいました。
ではでは この辺でスェツレイ ウォ バ、、、

(皆様よりの投稿をお待ちしております)

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◆LIVE INFORMATION!

●平成16年9月18日(土) 萩谷清Trio
Gt:萩谷 清 Bass:佐藤 鉄也 Drums:重村 政臣
appeletree
茨城県新治村大志戸940-1
029-862-1616


●平成16年10月5日(火) 萩谷清デュオ
Gt:萩谷 清 Bass:荒川康男
自由が丘『マルディグラ』
東京都世田谷区奥沢5-26-9
自由が丘リブレビルB-1
03(3722)6892
Open 19:00
Start 20:00


●平成16年10月22日(金) 萩谷清トリオ
Gt:萩谷 清 Bass:荒川康男
Drums:市原 康
BRBクラブハウス
東京都中央区銀座8-9-4 たあぶる館B1・2F
03(3571)7821
18:30〜19:15 20:00〜20:45


●平成16年10月26日(火) 直居隆雄Group +1
Gt:萩谷 清 Gt:直居 隆雄 Drums:未定
Bass:未定
鎌倉 ダフネ
鎌倉市小町 2-10-10榎本ビル3F
0467-24-5169 Open 19:00


●平成16年10月28日(木) S・P・B
Gt:萩谷 清 Pf. 倉田 信雄 Bass. 岡沢 章
Drs. 渡嘉敷 裕一 Perc. 木村 誠 Sax Bob Zung
新橋 サムデイ
港区西新橋1-20-9
第5須賀ビルB1
03-3506-1777


◆詳しくは萩谷清ホームページ「ライブ 情報」
http://www.kiyoshihagiya.com/liveinfo.html


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【編集後記】
アテネオリンピックも終わり、不眠の日々からやっと開放されましたが、なんだか
寂しい夜を感じているの私だけでしょうか?
今月号の「音霊私観」いかがでしたでしょうか?
商業的大成功の裏で、、、、考えさせられますね。
でも商業的なことと、本来自分のやりたいことは必ずしも一致するわけではありま
せんが、彼が金字塔をうちたてたのは紛れも無い事実です。
ジャンルを超えて、誰もが素晴らしいと思った、かのオクターヴ奏法ですから、
それを聴衆が期待してしまうのは仕方ないと思います。
しかし、とてつもないアルバムを作ってしまうと、ライヴでのその再現性に困る
ことも多々あります。
多くの聴衆はアルバム=ライヴと期待してしまうようです。
ライヴとはよく言ったもので、生ものです。
アーティストから見ると本来、アルバムとは全く異なった世界なのですが。
あまり素晴らしいアルバムが出来てしまうと、ライヴでは困るものですね。
かのビートルズはそれが原因でライヴ活動をやめたともいいますし。
ピンクフロイドは莫大なお金をかけて再現しようとしました。
SPBは、そう!
なんと言ってもライヴあってのものですから、そんな心配御無用です。
サムデイにて、期待通りのパフォーマンスが演じられるに違いありません。
また、萩谷清の奏法はオクターヴよし、シングルトーンよし、親指よし
ピックよし、冴え渡っておりますので、ご期待を!
(T)

◆SPBのホームページは
http://www.live-spb.com




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◆詳しくは萩谷清ホームページ
http://www.kiyoshihagiya.com

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