“ひとこと”というか“ぼやき”というか


2002.6.5  感謝


平成14年5月31日は私にはワールドカップ開催日など問題ではありません。
だいたい私はWカップよりFカップの方が大好きななのです。
平成14年5月31日は京都ヴィンセントという場所で『萩谷 清&Vin-cent Special』
というライブが行われた記念すべき一日です。
最近私は周囲の人間にとても恵まれています。今回の京都の件も京都のういちゃんをはじめ
新村さん、そして東京から私と一緒に京都に行ったRYOさん、KAZUさん、
エンペラさん、TEZさん、修三さん、ほんとうにお世話になりました。ありがとうございました。
食事会あり、演奏会あり、カラオケありのなかなか楽しい一泊二日の旅でした。
演奏や今回のツアーの顛末は『Mr, エンペラのライヴレポート
そして、そのうち『ういちゃんのレポート』も出るらしいのでそちらも読んで下さい。
また、いつも応援していただいてる大日本清柳会の皆様、感謝しております。


そういえば5月17日未明、うちの『はな』が無事に子犬を4匹出産しました。
2か月位まではうちに子犬がいます。見たい方は見にきて下さい。


 

2002.2.17 悲しみと憤り

  最近の親達の頭の構造はいったいどうなってるのだろう、とくに小さい子供を持った親達である。
果たしてこのままでいいのだろうか?最近の新聞に出てくる記事には、悲しい気持ちになると同時に激しい憤りを感じるのである。親の虐待によって必ず子供が犠牲になっているのである。この親達は、自分の欲望のままに生きているのであろう。この馬鹿な親達は、多分私と同世代の人間に育てられた者共である。私が思うに、私達の受けた教育は全部とは言わないが、ほとんど間違った教育を受けてしまったのではないだろうか。此処でいう教育とは学問だけの事ではない。人間として他人に対する思いやりや優しさ(厳しさ)、つまり愛である。これらのことを理解出来ないまま大人になってしまった親が多いのではないだろうか。それらの事を、この幼児虐待事件で私は痛切に感じるのだ。昔の親だったらどうであろう。例えば生活苦で死を選ぶとしたら子供と心中である。私は決して心中を良しとは思わないが、ここに昔の親の優しさを感じる。ところが現代では子供だけを死にいたらしめ親達は姑息にも生き続けているだ。このような親どもが多い事に、私は危機を感じるのである。とにかくこのままではいけないのだ。ゆとり教育などの余裕はないのだ。そして自分に出来る事を考えてみると、子供にこういう親にならないようしつけをしなければならない。絶対になんとかしなくては日本の未来はないだろう。


2000.7.25 ギターアンプについて

 5年ぶりにギターアンプを購入。定価75万円!!!日本人のギタープレーヤーの中でも
こんな高価なアンプを使っているのは私くらいなものかも知れない。
でも私はこのアンプによって音の大切さを知らされました。このアンプはリバーブとか音を
加工する物はいっさいない。ボリュームとトーンコントロールだけなのです。
ウソがつけないアンプとでも言うのしょうか、とにかく素晴らしいアンプです。しかし
アンプで音の大切さを知るとは、私は今までいったい何をやってきたのか・・・・・
最近発売されたCD-ROM鶴田一郎作品集というのがあるのですが、その音楽を私が
担当しました。よかったら聞いてみてください。

空白・・・・・・

1999.6.23 宮川組のCD  かっ、かってくれー!!!!!

  宮川組というグループがあります。あのザ・ピーナツの育ての親といわれる
 宮川 泰が主宰するグループである。知ってますか?そのグループが今回   
 めでたくC Dを発売することになりました。宮川さんのオリジナル曲を   
 中心としたC Dです。C Dジャケットにメンバーのコメントが書いてあるのですが
 ハギヤのコメントを書いておきましょう。                
 『あの宮川大先生様の数々の名曲のレコーデイングに参加できたということは、
 私、萩谷きよしにとって生涯忘れることの出来ない素晴らしい出来事となりました。
 宮川先生の創られた美しいメロデイーは日本が世界に誇れるポップスとしていつまでも
 残ることでしょう。宮川先生ありがとうございます。宮川先生 万歳!万歳!万歳!』
 まあそういうことなので興味のある方は買って、おねがい・・・・

   

発売元 U-Record  
クリエイテイヴ・ユー

Phone 03-3669-7767
fax 03-3669-3074

1999年度『宮川 泰とホットな愉快な仲間達』公演予定

・ 8月6日  (金) 北海道登別市 登別市民会館

・ 9月26日 (火) 北海道岩見沢市 岩見沢市民会館

・ 10月16日 (土) アメリカ シカゴ公演(予定)

・ 10月29日 (金) 千葉県館山市 千葉県南総文化ホール

・ 11月27日 (土) 徳島県海南町 海難文化会館

・ 11月28日 (日) 徳島県小松島市 ミリカホール

・ 11月29日 (月) 徳島県貞光町 貞光中学校体育館

・ 11月30日 (火) 徳島県鳴門市 鳴門市文化会館

・ 12月6日 (火) 福岡県筑後市 サザンクス筑後

・ 12月7日 (水) 大阪府河内長野市 河内長野市立文化会館

・ 12月18日 (土) 福井県春江町 ハートピア春江


1999.6.15 世界でいちばん美しい海へ

  “ヒーリング・ブルー「世界でいちばん美しい海へ」というタイトルの
 シーデーロムが6月17日に発売されます。どうもシーデーロムというのはCD-ROMと
 書くらしい。シーデーロムというよりシーデイーロムというらしい。
 そういえば最近英会話の宣伝で面白いのがあった。“英語は「カタカナ」の方が
 通じる発音ができる
”という文句が書いてありなかなか感心させられた。
 例えば I get off は“アゲドウフ”だと 。  まだまだあったな。
 Hotelがホテルではなくホウテウ Herbがハーブではなくアーブ  
 
Bagがバッグではなくベアグ  Cashがキャッシュじゃだめケアシュ
 うんなるほどなるほど(?!?!)すごく勉強になりました。 そういうわけで
 CDとROMがくっついてCD-ROMというのか?まっそんなことはどうでもいいのだが、
 このシーデーロムじゃなかったCD-ROMに私、はぎやのギターが録音されており
 はぎやのギターを聴くことができます。発売元
シンフォレスト
  去年の11月にも
“世界の夜景「地上に溢れる宝石たち」”というCD-ROMが
 発売されているのですがどちらも 私、はぎや が音楽を担当してます。
 ヒーリング・ブルーというCD-ROMは世界中のきれいな海や海の中そして
 そこで生きているイルカなどの写真がとても美しくおさめられてます。
(音楽は最高)                        

宣伝文句を書いておきます。                                                                   この夏、いちばんクールな“ビジュアル・インテリア”誕生!』 

   SF-144 99年6月発売 シンフォレストより

   SF-128 98年11月発売中     

  はぎや のギターを 聴いてみてください。


1999.4 .6 日本人はやっぱ柴犬!!!

  うちも子供達の烈しい要望?によりとうとう犬を飼うことになりました。
 雌犬です。しかし犬の値段って結構、高いものですね。(ギターが買える)
 だいたい犬などというものは買うものではなくもらうものだと、     
 父に教わりすっかりそう思いこんでました。
(昔は金がない時代だったのかな。)
 まあそんなことはいいのですが、ところがこの 子犬がチョーかわいいの  
 なんのって、すっかりうちのアイドルです。名前のことでけっこうもめたのですが、
 (娘はコハルとかスミレとか息子はソメコとかシバとかカバ とかカケソバとか
 バカタレ小生はハルミチャンとかナオミチャンとかネエチャンとか)   
 でも結局カミサンがつけた"はな"という名前にしました。          
 ワクチンが終わるまでは外に出してはいけないのだそうです。       
 はなちゃーん早く一緒に散歩したいよー!!!
 すっかり親バカではなく犬バカになってます。


1999.2.4 宮川さんとレコーデイング

  2月3日4日と二日間コンシピオスタジオで「名匠宮川組」の録音をしました。
  宮川さんのオリジナルを中心としたアルバムです。良い曲がいっぱいあり、
 あらためて宮川さんを見直しました。”温故知新”ギタープレイだけでなく歌も
 うたわせてもらちゃった。6月ぐらいに発売だそうです。なかなかたのしく
 出来上がったと思います。エンジニアの田中さんは大好きなエンジニアです。
 いろいろありがとうございました。スーパーバンドもはやくやらなきゃ・・・・・・。


1998.12.15 やっぱりテケテケテケはいいなー

  寺内タケシとブルージーンズのコンサートに行ってきました。
 いやいやすごーくお客さんが多いので本当にビックリ。
 年代的には僕らの年代だな。なつかしくて、なつかしくて、うれしかった。
 寺内さんは同郷それもすごく近所なのです。寺内さんの弟とは幼稚園から
 中学まで一緒でした。よーく寺内タケシさんのレコードをコピーし
 バンドでやってました。そのうち出来たら一緒に演奏したいな、
 なーんて思いながら聞いてました。コンサートが終わり楽屋に
 いってお話をさせてもらい大感激でした。写真もとってもらいました。
 でもなぜか寺内さんはつまらなそうな顔、、、、、
 ステージが終わったばかりなのにおしかけてすみません。
左からはぎや、寺内さん、鈴木よしゆき、鈴木氏はバニーズの頃のメンバーで、
現在はプレーヤーのほか作編曲家として活躍中。


1998.11.3 上池台障害者福祉会館で仕事だ!!

  11月1日 大田区の上池台障害者福祉会館というところで虹祭りという催亊があった。
 その中で約1時間僕のバンドで演奏をした。去年もやったから今年で2回目。
  お客さんはこの会館の利用者やその家族の方達、なかなかの盛りあがりで楽しんで
 もらえたと思う。ステージの上から見ていると車椅子の人など身体の不自由な 
 人達が多い、普段身体の不自由な人たちと接する機会が少ないぼくはどういう風に
  接するのか分からなかった。いまだに分からない、でも音楽(ジャンルは   
  いろいろあるけど)を聴いたり、歌ったり、することは全く同じこと、     
 つまり音を楽しめばいいんだ、、、、もっと良い演奏をしなきゃ       
  (なにを言いたいんじゃーお前は!)リハーサル不足でちょっとバンドはボロボロ。
 すみませんでした。でもそこはプロですからバッチリきめました。
  身体の不自由な人は、ライヴハウスやコンサートホールなどに気軽に行くことは、
  健常者にくらべると少ないと思う(道路の段差や建物の造りなど)もちろん招待して
 聴いてもらうこともできると思うけど、                  
 機会があったらこっちから伺っていろんな音楽を聴いて愉しんで       
 もらいたいなと思う。又来年もやりたいな。                
 音楽でボランテイアができるならもっともっとやっていきたい。


1998.5.22 スタジオミュージシャンはつらいよ。

  先週から、今週にかけて、めずらしく仕事をしまくった。
 最近は不況のせいか、スタジオ録音の仕事など、めっきり減り、
 毎日、仕事ということは、ほとんどない。
 しかし、5/11日〜5/13日 の3日間 5/21日〜23日の3日間、
 その間日曜は名古屋でステージとあわただしいい2週間を送った。
 仕事の内容は、某デパートの慰安会。
 宮川泰(泰とかいてヒロシと読む)と宮川組そしてゲスト2人の
 コンサートを中野サンプラザでおこなった。
 まず、1日目は、9時音出しのリハーサルが12時過ぎまで行われ、
 本番は2回あり、一回目は1:00スタート2:30まで・・・のところが
 30分おして、3:00まで。ほっとするのもつかの間、4:00から5:30まで
 2回目のステージ。いやー、良く弾いた、その日は・・・・
 リハーサルを入れると(休みを入れるが)8時間程弾きっぱなし〜〜〜さすがに、
 終わった後、すぐかたずける元気がなく、呆然自失としていて、
 ふと気がつくと、回りのメンバーも、立ち上がっている者がいなかった。
 こんな調子で、中野サンプラザの仕事は、昨日で終わった。リハーサルは初日の
 5/11と5/21日やった。数えてみると、 1ステージ約25曲、1日50曲、
 6日間同じことをしたのだった。(ブラスの連中は、唇が腫れ上がってしまった!!)
 久々に、お金をかせげてうれしいが、苦行のような仕事だったので、
 妻に愚痴を言ったら、彼女は突然「男はつらいよ」を歌い出した。
 僕は疲れているにもかかわらず、ギターに手をのばすと無意識のうちに
 「男はつらいよ」のコードをおさえるのだった。スタジオミュージシャンの
 習性がおもわず出てしまった。トホホ・・・ミュージシャンはつらいよ・・・・


1998.5.15 大神神社に行く。

  明日は奈良県の三輪というところに行く。大神神社と書いて
 おおみわじんじゃと読む所です。日本最古の神社だそうで、 
 御神体がお山なのです。最近までこのお山は禁足の地でした。 
 このお山に登るとぼくは、パワーが湧く。ホントに不思議なお山だ。
 神様に祈ってきます。                  
 日曜日は宮川組の仕事で名古屋のセンチュリーホールでコンサートだ。
 ガンバルゾー。                    


1998年5月10日 北京に行って感じたこと

  日本が終戦を迎えて4年後に、僕は生れました。それから現在まで、
 平和な状況の中で音楽を志し、いつのまにか人生の半分以上を   
 音楽と共に歩んできました。その間、日本以外の国々では絶え間なく
 戦争が繰り返され、世界の状勢は、激しく移り変わってきました。 
 しかし僕は、戦争のない日本で、音楽の追求に走り続けてきたように思えます。
 音楽を演奏する喜びは、自分の努力が、聴衆の拍手となってあらわれた時、
 そしてプレーヤー同志の息がぴったり合った演奏の瞬間・・・・・・・
 僕は、多くの人、日本人以外に、何人もの外国人と演奏してきました。
 そして、彼等と言葉は通じなくても、一緒に演奏することによって、 
 感動を共にし、心から通じ合えた経験を今までたくさん持つことができました。
  先日、北京のライヴハウスで、中国のジャズメンとセッションする
 機会をもちました。今、ジャズの夜明けといえる中国は、熱心にジャズの勉強を
 しているプレーヤーがたくさんいます。初めて出会った中国のプレーヤーと、
 目の合図だけで演奏し、皆で精一杯弾き終えた時にもらった拍手は感動的でした
 そして「謝謝。謝謝。」と力強く握手を求めてくれた中国のプレーヤーに僕は、
 同じジャズを愛する仲間として彼等の成長を祈り、これからも何か少しでも
 役にたてることができたらと思いました。彼等とのセッションをきっかけに
 僕は意識はしてきませんでしたが、今まで出会った外国人音楽家とは、 
  演奏している瞬間には、全く国境は取り払われ、心を一つにして、   
 音を作りあげていったと改めて気付くことが出来ました。そして、   
 演奏を聴く人々も、外国人であろうとなかろうと、そこでは、国を超えて、
 その奏でられている音楽を純粋に聞き入っているのでしょう。     
 現実の世界で、国境がなくなる日が来るのか、来ないのかわかりません。 
 ただ一つ、僕が音楽人生の中で感じ、確信できたのは、         
 「音楽に国境はない」ということでした。           
 音楽によって、戦争のない平和な世界を作ることができたら・・・・・・・・・
 ぼくは、音楽を通して少しでも多くの地球の仲間と出会い、      
  演奏し、多くの人の心の国境を取り払うことができたらいいなと思いました。
  なーんて堅いことを書いてしまった。でもその国々の        
 伝統的な音楽は大事にしていかなければと思うこのごろです。      


1998.5.3 スーパーバンドのレコーデイングがあった。

 隅田川の隣の素晴しいスタジオでついに録音が始まった。     
メンバー、エンジニア、それぞれ、僕が日本で一番と思っている人達だ。
音が出た瞬間からこのバンドはドライブ感が湧いてくる、なんて凄い奴等だ、
とりあえずこの日は時間の都合で2曲しか録音できなかった。オレも、
もっと練習して変わらなきゃ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
反省、バンド名を考えることになった。どうしよう困った、       
スーパーバンドという名前でもいいけどな・・・・・          

kiyo@kiyo.mu
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